とある夜

 

 いつの間にやら隣で寝息を立て始めた男にシーツをかけてやり、私は寝台をそっと離れた。

 窓の外に大きな満月を見つけて、室内の薄明るさにも納得した。これが例えば野宿の最中であれば満月も喜ばしいものだったけれども、今の状況においては月にさえすべてを見透かされているようで、より気持ちは追い詰められていくようだった。

 ──えっ。

 彼の驚いた表情が頭から離れない。

 きっと彼のことだから、きれいなままだと思っていたのだろうけど。

 そんな彼の思惑をすべて見て見ぬふりをして、私は彼を迎えた。久しぶりの感覚に確かに身体は暖まったけれども、決して心まで満たされはしなかったことに果たして彼は気づいたかどうか。

 これまで心が満たされたことなんてなかったというのに、私はなにを期待していたんだろう。

 帝国にいる間は、私はあの魔導士のおもちゃだった。好きなときに私の部屋にきて、彼の部屋に呼びつけて、ケフカは私を抱いた。彼は当たり前のようにふるまったし、私もそれが当たり前だと思っていた。やがて私を抱く相手が彼以外にも増えていったのも、私の中ではなんの感情ももたらさなかった。ただ、彼との行為が一番不快感を感じなかったけれども、それもきっと慣れていたからだろう。

 恋愛感情に基づいた行為なんて、一度もなかった。

 ──それが間違っていたというの。

 なんとなく、後ろめたいという気持ちがあってロックとこういった関係になるのを拒んでいたのを、きっと彼は私が初めてだから怖がっているとでも勘違いしていたのだろう。

 ──でなければ、あんな表情。

 本当に心の底から驚いた、というような──白けたといったほうが正しいのかもしれないけれど──表情に、今度こそ正しい手順を踏んで、というささやかな期待は打ち砕かれてしまった。粉々になってまで処女のような期待を抱き続けるほど、器用でもない。私は人形としてふるまう以外の手段を持ち得なかった。

 今さら寝台に戻る気にもなれず、服を身につけて寝息だけが聞こえる部屋を後にした。

「──どうぞ」

 こんな深夜に部屋を訪れるのはあいつしかいないと思いながら答えると、入ってきたのは予想に反してセリスだった。私は少し驚いて眼鏡を上げる。

「おや、どうしたんだいレディ。こんな夜更けにひとりで男性の部屋を訪れるなんて、無防備にすぎるんじゃないか」

 茶化して言ったものの、彼女の目がうっすらと赤くなっているの目にして私は態度を改めることにした。 泣いている(もしくは泣いていた)レディに対して冗談を投げかけるほど、私は野暮ではない。

 暖炉の前の椅子をすすめて、棚の中から自慢の葡萄酒を取り出してグラスに注ぎ、彼女に手渡した。

「なにかあったかい」

 グラスを受け取りはしたものの、口をつけようともせずにセリスはただ首を振る。

 セリスがなにもなく泣くはずもないし、なにも用がないのに私の部屋に来ようはずもない。そして弱音を自ら吐くはずもないので、手助けをしてやることにした。

「ロックが、なにかした?」

 しばらく空白の時間をおいて、再びセリスは首を振る。彼女の視線はただ暖炉の炎に向けられていた。

 これ以上質問を投げかけるのは却って逆効果だと感じ、私もセリスに習って暖炉の炎を眺めることにする。ただ、彼女とは違ってしっかりと葡萄酒を味わいながら。

 ありがたいことに私は沈黙を苦手とする性格ではないので、いくらでもセリスが口を開くまで待つつもりだった。手をつけていた仕事は滞るが、──まあこれは仕方あるまい。

 そしてまた沈黙が流れる。薪がはぜる音だけがふたりの間に響いた。

「──私は、けがれているのかしら」

 沈黙を破ったその言葉に、私は驚いた。なにがあったというのだ。

「はじめてじゃないと、価値がないものなのかしら」

 私は思わず噴き出してしまった。セリスが抗議するような視線を投げかけてくる。

「なにを莫迦なことを。セリスがけがれているなんて、そんなはずあるわけないじゃないか。こんな美しい女性を捕まえてそんな莫迦莫迦しいことを言うようなやつは、砂漠にのまれてしまうべきだよ」

 葡萄酒の最後の一口をあおってから、私は続ける。

「初めてかどうかなぞ、そんなことに価値があるはずもない。そんなことに気を取られる暇があるのならもっとふたりの時間を楽しむ努力をすべきだと、そう思わないか」

 ようやくセリスの顔に笑みが戻った。

「──そうね。ありがとう、エドガー」

「ちなみに今からふたりの時間を楽しむための努力なら惜しまないが」

「莫迦ね」

 ふたりでくすくすと笑い合い、セリスは再び炎に視線をやった。

「エドガーとならただ楽しめそうだけど、それじゃだめなのよね」

 小卓に口をつけないままのグラスをおいて、セリスは立ち上がった。

「ごちそうさま。またなにかあったら相談に乗ってね」

「私の出番がないことを祈っているよ」

 再びくすくすと笑い合い、セリスは部屋を出て言った。

 炎に照らされて、ただグラスの中で葡萄酒が揺らめく様子を見ながら、私は溜息を吐く。

 これで今夜も、眠れそうにない。

 

「お前は莫迦か」

 私は手を止めず、振り返りもせず、ただそれだけを意見として述べた。憮然として葡萄酒をあおる彼の様子など、見なくとも想像がつく。そんなことよりもたまった仕事の処理のほうが大事だった。

 案の定げっぷをしながら彼は不機嫌そうに言い返してきた。

「だってよう、こんだけ待たされたらそうなのかな〜って思うだろ?」

「お前と一緒にするな。私はお前のような下種な期待はしないし、もしそうであってもそうでなくとも優しく振舞うよ。ましてやがっかりした感情を表に出すなど言語道断だ。万死に値する」

「そこまで言うか……」

「言う。そして仕事の邪魔だからさっさと退出願いたい」

「冷たいなぁ。親友がこんなに思い悩んでいるというのに」

 私は溜息を吐いて振り返る。今夜だけで何度溜息を吐いたかわからない。

「ならば親友よ、聞くが、お前は彼女の立場に立って考えたか。ようやく人並みの幸せを手に入れようかとする状況で、好きな男にそんな態度を取られて、彼女が傷付いていないとでも思うのか」

 私の問いかけに彼はぐっと詰まる。詰まった息の音さえ聞こえてくるようだった。

「相手が処女であろうとなかろうと、大事な相手に違いはなかろう。それを正直にがっかりして、お前は一体何歳だ。私はお前の人格および経験こそ疑問に思うぞ」

「──わかったよわかったよ。俺が悪かったよ、王様」

「ならば早く出ていけ。仕事の邪魔だ」

 

 

 

 

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n.bpのとめこさんからいただきました!ケフセリ前提のロクセリ!!うわーーーーん!

もうロックとセリスの関係が私の理想通りでどっきんどっきんしっぱなしでした!

エドガーの対応も大人でいいよね。。。っていうか私がセリスだったら王様に乗り換えると思うな笑

とめちゃんありがとう〜〜!!もっと読みたいな。。。!!(あつかましい)

 

 

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